(゚∀゚)殺伐で逝こう!!

デムパ(;´Д`)ハァハァ・・・中心的な内容。新聞記事や他のサイトから仕入れた情報でハァハァする。 (°Д°)ハァ?:けちをつける。

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復活のとき? 

 今、重たい心をひきずったまま、仕事をしている。悲しいというよりは重苦しい気分が続いていて、・・・実は今日かなりマシになった。・・・なぜかはわからないが。とりあえず、休息をとれば精神も安らぐと言うことなんだと思う。また、出来事の衝撃も時間とともに薄れていくということなのだと思う。
 うれしいことに、ようやくまともに本を読むことができるようになった。活字を見て眩暈がするような感覚を覚えていては、読書も進まない。ビジネス書なら読めるのに、趣味の本が読めないという痛い状況で、苦しくてたまらなかった。元々少ない人生の楽しみを半分以上奪われたようなものだからだ。とはいえ、案外、あっさりと回復してきて安心している。今日は少しだけ英語の本を読み進めることができた。
 私のような気分障害気味の人間は、こうした環境変化にめちゃくちゃ脆弱であり、過去には「これで生きていけるのか」と疑問に思ったこともあるくらいだ。けれども、医学の助けと自分の体質に関する明確な認識のおかげで、ショックに対する受容性が多少は増したみたいだ(いや、以前の私を知る人間なら、多少どころではない、と言うだろうが)。その意味では、本当に充実した一生を送るためにはこのような喪失体験がもう二度三度必要ではないかとさえ思われる。
 いや、嘘。やっぱりいつも快活に笑顔でいたいよね。
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  1. 2006/10/31(火) 20:06:07|
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地獄とはこういうものです。

http://www.youtube.com/watch?v=dldbCoVVnaY&mode=related&search=
  1. 2006/10/31(火) 00:22:18|
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なんだか激しくやさぐれている俺

 仕事をしてもノリが悪い(ただし、能率はそこそこいいので、やることはすべてやっている)。しゃべっていてもいまいち気分がハイにならない(ただし、笑顔は崩さない)。そんな私は矢車さんの兄弟となるべく、
 街の中に笑い声が起こるたびに、
「今、俺を笑ったろ」
 とむなしい声を出す。
 ああ、いったい、私って何なんだろ? 自由な風土だからといわれて入った会社はどんどん自由度がなくなっていくし、給料もそこそこいいと聞かされて入ったのになんだか減らされそうな勢いだし、仕事ばかりの人生は嫌だと思っていたら仕事くらいしかやることがなくなってるし。仕事は害虫仕事だから何一つとして手に残らない。資料をきれいに作る能力と業務用文書をすばやく作成する能力とエクセルでフォーマットを作りこむくらいの能力しかない。
「おまえ、今、俺を笑ったろ?」
 大学じゃ思想史だ。食えやしない。経済学はかじったくらいだから食えやしない。私が興味を持っている心理学や分析哲学ではまともに食えやしない。当たり前だ。
「俺と一緒に地獄へ落ちようぜ」
  1. 2006/10/30(月) 23:15:10|
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身軽になって、寂しくなった

 ここ数日、足かせにして一時的にであれ人生で一番大事だったものを失くした。ショックでなかったわけではない。けれども、始まったときからショックは予想済みだったはずだ。むしろ、ショック以上に、今は、現実感の薄らぎを感じている。自由が極端に増えた代わりに、自分でしていたことの意義が曖昧になった。
[身軽になって、寂しくなった]の続きを読む
  1. 2006/10/29(日) 22:20:19|
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久しぶりに

うんこちゃんの日記を見た。何も変わっていなかった。うんこちゃんを見ると、自分の変化に驚かされる。
  1. 2006/10/27(金) 01:32:54|
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惨めな気分だ

久しぶりだ、こういう気分は。私は思えばずっとこのような気分の変化と戦ってきたのだが、いろいろなことがあって、気分との格闘を忘れていただけだった。
 内向的な人間は刺激に対して敏感すぎるから内向的なのだ、というエピソードを何かの本で最近読んだ気がする。何の本だったかは忘れてしまったのだが、ここ二年ほど、科学的にハチャメチャな本を読むことは少なくなっているから、上記エピソードもあながちハチャメチャではないように思う。
 私はすごく内向的で、刺激に敏感だ。他人が多いところへいくと、いくつも表情の変化があって、人と人が作り出す空気のようなものがあって息苦しく感じる。それでいて、私は他人の前に出るようなタスクばかりを引き受けているのだから笑える。
 ベンゾジアゼビン系の薬がなければ、満足に夜も眠れないくらいに、私は刺激に対して敏感なのだ。だからといって、私は繊細ではない。細かいことに気がつかないし、細かいことを行うのも得意ではない。細かいことをするだけでもとてつもなく疲労してしまうような人間なのだ。
 私は、世の中の歯車としては失格の部類に近い人間だ。私はそれを自覚している。対人関係はそれほど得意なわけではないし(得意であると勘違いされることは多いが)、夜十分に睡眠をとることさえ満足にできないできそこないの精神の持ち主だ。なおかつ、細かいことも満足にできない人間だ。最近はたまたま幸福な時間が続いていて、自分についての基本的な事実を忘れそうになっていた。けれども、ほんとうは、他人が1受け取る程度の刺激を10受け取る部分のある弱い人間だった。大きな刺激を受け取ったときにすぐにオーバフローしてしまう。以前にはそうした出来事が相次いで、回りの友人たちにも迷惑をかけたっけ? 私は、今は少しくらいはコントロールできるようになっている。たくさんのことを勉強し、訓練をしたから。でも、体は刺激を受けると、すぐに反応しようとする。どちらかといえば、自己破壊的な言動を実現しようとする。なにもかもを終わりにしてしまいたくなってくる。目の前の衝迫から逃げ果せるために。だが、何度もそうした経験をしてきて、わかったことがある。逃げ道などないし、破壊的な言動に出た後には何も残らないのだということが。だから、感情のコントロールと思考のバイアスを抑えるためのトレーニングを過去に行ったことがある。今でも行っている。
 自分自身をとても不安に思う。 
  1. 2006/10/27(金) 01:20:45|
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チームのお仕事も大変だなぁと

仕事関係で別チームに加わって仕事をしているのだが、こちらのレベルはチームのとりまとめがしっかりしているからかなりレベルが高い。
チーム作業をしていて思うのは、チームリーダーのレベルが高くて、チームマネジメントが着実に行われていれば楽だということだ。当たり前なんだけど。
これはチーム構成員の実力に依存するところも少なくないけれども、リーダーの専門知識・リーダーシップに負うところが大きい。手当てをするべきときには手当てを行い、それ以前にどうすれば手当てをする回数を減らせるかを考えることで、作業の流れをスムースに行う。・・・リーダーがリーダーとして行うことはただこれだけだと思うのだが、これがなかなか難しい。
しごとの流れがわかっていなければ、どのタイミングで何をすればわからないだろうし、メンバーの力量を把握していなければ、どの作業を割り当て、どの作業を実行している際にどの程度手当てを行うべきなのかがわからないだろう。つまり、リーダーはメンバーの力量を把握していなければいけない。
そして、何よりも難しいことに、なんとリーダーは他人に言うことを聞かせなければいけないのだ。仕事だからといっても、強制と威圧ばかりしていると反発ばかりが起こる。かといって、やわらかく接してばかりではリーダーの言うことを誰も聞かなくなる。命令を最小限の反発しか受けないような形で行い、部下を従わせ、やるべきことをやらせる。明文化してしまうと、なんだかとても簡単そうな事柄に見えてしまうけれども、これが難しいことは、上司の言い分なんて聞きたくもないあなたが一番知っているはずだ。残念ながら、これだけの条件を兼ね備えているまともなリーダーは世の中にほとんどいない。ほとんどいないから、苦労するんです・・・。
  1. 2006/10/26(木) 12:25:36|
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哲学とか哲学とか哲学について

 哲学書というと、すぐに文学的なイメージと結び付けられがちだけれども、今の私にとっては違う。もう少し味気ないものだし、感性によって理解するものではなく、訓練によって理解を深めるものだ。
 哲学書を読んで、世界が一変するというのは読者側での妄想でしかない、と私は思う。大学に入りたてのころくらいには、哲学書を読むたびに劇的な変化があったと思うが、あれは自分の感受性の変化と、刺激の変化と、読書とを結び付けていただけのことで、文学好きの夢想家の少年の妄想に他ならなかった。
 たとえば、今読んでいる哲学書はもはや哲学書と呼ぶべきかどうかさえわからないような、哲学者と心理学者(精神分析ではない)と脳科学者の論文が収められている本だ。この本には、刺激的なことが書いてあるか? と問われれば、確かに書いてあると思われる。
 でも、それは、大学に入学したてのときにマルクスを読んで別の世界が開けていくのを感じた(あくまでも「感じた」であって、幻聴や幻覚だって「感じられる」ものであるというくらいの意味合いだ)という意味ではない。論理学のテキストを解いていて、おもしろい、と思うのと同じ水準の刺激だ。丹念に文章を読んで、意味をなるべく精確に汲み取るようにして、きわめて分析的に味気なく他人の研究内容を追っていく、という意味で、(こんなことをわざわざ書くのもバカらしいが、●経ではなくて普通の)経済学に触れたときと同じような刺激だ。
 特に、私が興味を持っているのは分析哲学(分析哲学ということばにどれほど多様なものが含まれてしまうかということは措いておく)だが、分析哲学の本を読んだからといって、明日から世界が一変して見えるかというとまったくそんなことはないだろう。そして、そのような宗教的な感覚をもはや私は求めていない。社会学なら、世界が一変して見えるかもしれない。経営理論だってそうかもしれない。しかし、分析哲学や経済学においてはそうではない、と思う。
 この違いについて、またしばらくたったら詳しく書いてみたいが、今は措く。
 大学に入りたての子は宗教を求めるのだ。
 今考えれば、たぶんそういうことなのだろう。
 
  1. 2006/10/25(水) 00:52:08|
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なにもかもがお膳立てしているわけでございますが

仄かに方向性が見え始めてきているんですよ。自分の好きなことをしつつ食うための方法が。後はじっくりとそれを具体化させていくだけ。制約条件を少しずつクリアして、一歩ずつ進むだけ。そういう意味では、かなり明確に、自分のスタイルが見えてきた気がする。
  1. 2006/10/25(水) 00:35:31|
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昼から仕事をしなければならないと思うと萎える

萎えるね。
  1. 2006/10/22(日) 13:45:33|
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低脳を冷笑して遊ぼう。

自称超低脳さんのところにコメントを書き込んでおきました。削除されるかもしれないので一応残しておきます。 [低脳を冷笑して遊ぼう。]の続きを読む
  1. 2006/10/12(木) 02:13:44|
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面白い人に会う

いや、なんかおもすれぇっす。
  1. 2006/10/12(木) 02:03:36|
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眠いので、やめます。

ものすごく差別的なことを書こう。
私はワーキングプアの特集を見ていると、いつも、
なんかこう画面に映っているやつがどこかコミュニケーション的に欠落した奴に見えるのだ。
ぼかさずに言うと、
①雰囲気、容姿ともになんか頭が悪そうに見える。
②しゃべりだすと、独特の口調に違和感を覚える。
といったあたりだろうか。欠落を言語化すると。
で、私が思うのは、平均以上の表情、雰囲気、話し方ができる人間はこういう生活を歩むことはないんじゃないか、ということだ。
 どちらかというと、世間一般的に友達になりたくない人間・・・弱者と呼んでもいいだろう・・・が割を食っているということではないのだろうか。だから、誰でもワーキングプアになりうる、という話にはリアリティを感じないのね、私は。
  1. 2006/10/11(水) 01:17:36|
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無量大数とかいうやつの書いたもので遊ぶ

言語中枢の発達過程から論じる低年齢英語学習の是非
いや、こうばすぃ。自分で超低脳と書いておられるので、多少なりとも自覚症状があるらしいのですが・・・

もうちまたでは喧喧諤諤喧々囂々+侃々諤々の混同語ですか、どういう意味ですか? 人のふり見てわがふり直せとはよく言いますが、あなたのように言語を云々する人がこんな初歩的なことばのまちがいをするもんなんですね。いやぁ、不思議だなぁ。だなあ >小学校の英語必修化


音声言語中枢(「読み書き」能力をつかさどる部位ではないことに注意!)というのはどうも幼少期、特に8歳くらいまででほぼ完成してしまうらしい。それ以後はいくら訓練してもそれ以前に訓練したのとは比べ物にならないほど完成度は落ちる。こういう偉そうなことを書きたいときには最低限ソースくらい出したらどうですか? その際には、URLよりも学術書をソースにしていただけると光栄です。


似たような事例は「絶対音感」の形成だ。カラオケの作成過程では必須とされる能力である。カラオケの作成過程ってなに?大人になってからではいくら訓練してもドミソの音をこまかく(複数の音源が組み合わされている音楽のそのすべてを)聞き分けて音譜に落とす作業は出来ない。


英語においては日本人の不得意とされる l と r や v と b の聞き分けなどは最低でも幼少期にやっておかないと、その後の英語習得時にハードルが高くなってしまうのだ。結果、free と flea、lice と rice の聞き分けもまともにできないのだから恐れ入る。


ググって見つけた典型的な事例(笑)また意味なく笑う・・・頭大丈夫ですか?
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/reader/200511/2005110200020.htm



学習コストの最適化という観点からは最優先の課題である。低コストこそがこの時代の要請である。児童生徒の発達過程を十分に斟酌して学習カリキュラムが考えられていないのは文部科学省のお役人たちが超おばかなせいだろう。最初の一文にはちゃんと主語を入れておいたほうが親切じゃないですかね? この人、費用便益の最適化みたいなことを言っている割には、機会費用を考えていない、んですけど。・・・機会費用という概念をご存じない? 失礼いたしました。ま、そんな高級な概念は超低脳なSEさんには望むべくもないんですけれども、・・・いや、この程度の脳みそで文部科学省の役人をバカにしてもらってもねぇwww・・・官僚と仕事をしたことがないからわからないんでしょうけれども、彼らはとても優秀ですよ。少なくともあなたよりは。まともな日本語をものすごくハイスピードで読んでハイスピードで書けるという意味では。


ヒアリング技能はこれだけで相当に十分であろうと思われる。スピーキングはヒアリングに比べて訓練は容易であるのだから、ぜんぜん後回しでもいい。


日本では中高プラス大学2年でトータル10年も英語教育を受けさせているが、読む書く聞く話す4技能すべてが世界の最低レベルという体たらく。いつになったらカイゼンされるのだろうか?これ、嘘なんです。実際には、日本人の英語学習は、十分に英語を使いこなすために必要な時間数には足りていないんですね。これは、英語学習の基本的な文献に当たれば、書いてあると思いますよ。

いやぁ、こうばすぃな。私がこの人なら、自分の恥知らずな書きぶりに絶対自殺するねwww。いや、ほんと、そんな状況で生きていられるなんてすごいことですよ。
  1. 2006/10/09(月) 17:44:55|
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香ばしいお方を発見

この人のこの記事
いつものことながら、赤字が私のツッコミ。

SF作家湯川薫氏が本名で出している、この科学万能社会(笑)なにが(笑)なのかよくわからんのですが、香ばしい人たちというのはとにかく笑うのが好きなようでございます。の現代に生きる人間にとっての必読書だ。あっという間に10万部を突破したのもうなづける話。リンク先にもその一部がエッセンスとして載っているのでそれを読んでからでも遅くないかもね。ぜひとも本屋で立ち読みしてから購入すべき、まごうことなき「快著」である。


http://kaoru.to/hypothesis.htm


嫌中・韓厨といった「低レベルナショナリスト」の範疇にすら入らないクズ人間どもはこれを読んで果たして反省し、立ち直ることができるかどうか。はじめから頭悪すぎの連中だからやっぱ無理かも(笑)普通に関連性が見えません。歴史に無知な人間は歴史書を読めばいいだけの話なので、なんでわざわざこんな本を読まなければならないのでしょうね。

「仮説のグラデーション」「共約不可能性」「間主観性」といった言葉たちが持つ、その切れ味鋭い概念が、この混沌とした社会を俯瞰するちからをあたえてくれるのだ。切れ味鋭いかぁ、というのが一点。それにこの本に出てくるような概念というのは科学哲学の本によく出てくるもので、別に目新しくもなんともなくて、一般的な啓蒙書レベルに落ちてきたというだけの話ではないの? こういう発想をありがたがって、「混沌とした社会を俯瞰する」のに使ってしまう人たちというのはありきたりな科学相対主義に陥って、ウンコみたいな結論を出しかねないのが世の常という感じもするのですが。別に、この本の名前のところをクーンに変えたりファイヤアーベントに変えても同じことが言えそうな感じがするんですがね

こういう人たちってどうも無駄に威圧的な物言いをする癖があるんだけれども、ことばの割には、知性の部分に欠陥があるらしくて、その知性の欠落というか本格的な池沼というか、そういう部分が香ばしくってたまりません。

嘘か本当かは知りませんが (takeyan)
2006-02-26 01:14:05
この人の言うことも面白いです。
http://www.numse.nagoya-u.ac.jp/F1/profhome.htm
ここ数年、高校生の途中で文系に決めたことを後悔しています。
コメントありがとうございます (crofts)
2006-02-28 23:29:26
takeyanさんいつもコメントありがとうございます。

筆者は実は文系学部出身プログラマ。でもいつでも理系的素養を身に付けるチャンスはあると思っています。人生死ぬまで勉強ですもんね。

自分は予備校で数学の面白さに目覚めました。

コメント欄もこうばすぃ。
  1. 2006/10/09(月) 17:25:43|
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オナニーを愛する人たちへ

ここでは、オナニーの一例を分析してみたく思っております。
炎上云々
文章の青臭さというか、誰もが経験したことのあるストレートな心情の吐露という意味では、卒業のときの寄せ書きを読むような感触でしょうか・・・眩暈を覚えてしまいます。少し見ていきましょう。赤色が私のツッコミです。

まったく、2ちゃんねるでもHPでもブログでも、無業者でも学者でも誰であれネットに関わっていると加害者になったり被害者になったりする。うん、そうだね

mixiはそれが起きにくい稀有な存在ではあるものの、それはそれでなにか「不思議」で「隠蔽」されている気もする。(だから僕はリアルで知っている人、本当に信頼できる人としかメッセージをやりとりしない)意味深なことばを並べればいいってもんじゃないよ。「不思議」で「隠蔽」ってどういう意味よ。mixiは、まだ、顔の見える空間だから、ブログよりは炎上が起きにくいということと、それでも炎上に類する問題が起こりかねない、というだけの話じゃないの?

それはそれとして(脱線してしまった)、こういう論争には必ず「勝者」というか、上手く立ち回れる人間が居ると思う。これは僕の経験則の話で。こんなのは雑誌上の論争でもそうじゃありませんこと? それに「論争」というかたちに発展すれば、勝ち負けがつきやすいのは当たり前ではなくて?

5:5の形勢を8:2に持っていけるというか、正論をゴリゴリ押していくのでもなく、まったくよく分からない論理を展開するでもなく、正論から逸脱しない範囲で万人受けする論理を形成して、それを多数に納得させて結局両方の当事者には遠いところで決着させて勝負をつけたがるという。そうかな、必ずしも、俗情と結託したほうが勝っているという保証なんてないと思うんですけれどもね。それに、当事者には遠いところで決着させて勝負をつけたがる、という表現はよく読むと意味不明。示談ってやつですか?

何がいいたいのかというと、色々な人が発言している中で、結局正しい事を言っても見逃されがちで、「ネットでうまく言葉をあやつれる人間」だけが残ってしまう不毛な論争になりやすいのではないかな、と。その正しさを誰が決めるの? そっちのほうが難しいと思われるんですが、「正しいことを言っても見逃される」という事態のその正しさってなに? 学術的な正しさ、という意味では、今回の件に関しては本田せんせにはなかったと思うんですけど。

という具合に、この人のブログの文章は、思考なり論理なりを埋めることができないところを、意味深な仄めかしで埋めるという青少年特有の文体に支配されているように思われます。ストレートに表現すれば、自分の無知というか、見識のなさが身も蓋もなく露呈してしまうので、下手な詩で埋めるといいますか・・・。

ちなみに僕はこういうことで一度「仕掛けられた」側に見方したために(疑いをかけられた側に見方した。なぜならそれは間違いであるということを知っていたから。)すごく嫌な気分になったことがあります。

相手たちは、結局僕らの「あなたたちの見解は間違いである」ということを受け入れずに勝手な解釈でこちら方を潰しにかかりました。

まあ、先に引用したような隙だらけの文章を書くと、炎上をきたすことになるでしょうね。直上の引用文からわかることは、
①この人は炎上の被害者に味方したことがある。
②加害側ではなく、こちらが正しかった。
③間違っているくせに、加害側は勝手な解釈でこちらを潰しにきた。
④嫌な気分になった。
の四つではないかと。②、③に関しては、この人の文章を見ている限り、かなりあやしいように思われます。私としては、②と③には、この人の能力に留保をつけておいて、①と④を残すのが合理的と判断できると思われます。この人が書きたかったことは、結局、炎上の被害者に味方して、嫌な気分になった、というだけのことなのです。にもかかわらず、炎上のメカニズムについて感想文程度のことしか書けていないし、ブログにおける議論の正しさについて、何も有益な情報を付け足すことができていないんですね。残念ながら。 [オナニーを愛する人たちへ]の続きを読む
  1. 2006/10/09(月) 12:12:24|
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ブログで発言すると世間の注目が集まる、と思っている自意識過剰ヴァカのために

ええっと、私、いま、喫茶店でコーヒーを飲みながら、このブログの記事を書いているんですが、これまでブログを書いてきてですね、やはり、根本的に何度も書かなければいけないと思うことは、ブログなんてオナニーなんだということなんです。いや、そうじゃないんだ、これは立派な言論活動なんだ、という方・・・志は素晴らしいと思いますよ。しかし、志の素晴らしさなんて誰も評価しないんです。たいへんな志を持ってブログを書き続けられているお方、見ている人間はそのように思っていないって考えたことございます? ・・・少なくとも私はそうじゃない。他人のブログを見るのは、そりゃ、一部分は他人の思考に触れてみたいという欲望もございますが、主要な目的は、自分のブログ(オナニー)のオカズに使うためです。このオカズに何の意味があるかって? それは、なんでオナニーするかという質問と同じくらいの愚問ですよ。
 陰謀論好きは、何らかの陰謀が私を動かしていて、その動かされた私が「日本を変えようとしている」「善意ある」ブロガーを攻撃しているんだ、と考えているかもしれません。陰謀に凝り固まっている基地外には何を言っても通じないかもしれませんが、私は陰謀に加担してはいません。
 他には、私が安倍支持者で、安倍氏を総理大臣にしようとして画策している、と考えている人もいらっしゃるかもしれません。残念でした。小泉首相も、安倍氏も、私の興味の対象外でございます。
 私は単なる祭り好きの「ネットウヨ」「ネットイナゴ」でございまして、いわゆる右翼思想の持ち主でも、かといっていわゆる左翼思想の持ち主でもございません。というよりも、このような「右翼/左翼」で簡単に二分できるような思考体系を持ち合わせてはいないのです。「左がかった」人をおちょくるのは、私が右翼・右よりだからではなく、あふれんばかりの香ばしい人間性をお持ちの人が反体制ブロガーに多いからです。ただそれだけです。山があるから上る。心情や思想はあくまでも後付けでしかございません。
 反体制ブロガーは、私のような「ネットイナゴ」が一日中ネットをしている暇人だと思っているかもしれません。ところがどっこい、私は、普段はリーマンをして、あくせくと働いています。信じる信じないは自由ですよ、もちろん。私は正直者なので、複数の博士号をとったとか無意味に権威的な妄想を述べたりはしませんが(むろん、当記述は一般論であり、ある特定人物を対象にした当てこすりなどではありえません)。給与労働者なら反小泉を掲げて当然、というような書き振りをする連中もいますね。私は・・・将来は不安ですが、それが何? 少なくとも、この将来に対する不安さは政権が交代した程度で改善が望めると私は思っていませんし(いや、むしろ日銀のほうが問題かと)、カスみたいな商店街を守ろうだのなんだのと言っているつまらない連中によって改善されるとも思えません(大手のスーパーよりも鮮度の低い商品を高値で売っているような店が並ぶ商店街なら、潰れて当然です)。ニートやフリーターが増加しているということについても、世間で流布している処方箋がとりあえず間違っていると思っているので(職業教育してもうけいれさきがないんじゃね)興味がありません。また、ワーキングプアということについても、別段、新しい問題ではないと思っています。市場主義? ええ、私は市場主義者ですとも。いわゆる新古典派経済学へのシンパシーは並みではありませんしね。少なくとも、構造改革によって失業が回復する、などとはつゆほどにも思わない程度には市場主義者だと思っております。ちゃんとした市場主義者なので、小泉構造改革主義に対しては反感を覚えるのです。そういう意味では、小泉改革を批判しているのに「需要」側を一向に着目しようとしない連中は体制派以外の何者でもございません、私にとっては。そして、そうした経済学のイロハのイを踏まえない連中は、私には、集団で愚痴を垂れ流しているだけのオナニストどもにしか見えないのです。
 オナニーは良いことだと思います。不満を体制に吸収する装置としては、ブログはそこそこ役立っているのではないでしょうか。そして、私はそうしたオナニストのガス抜きに、石を投げるのが大好きです。これが私のガス抜きでもあります。よくよく考えてみても、オナニストをオナニストが攻撃するだけなので、害は少ないかと思います。大切なブログが壊された、などと嘆いている人もいますが、どうせオナニーなんだから社会的に全然影響はございません。むしろ、社会的に影響を与えることをしていると思える自意識が素晴らしい。炎上してブログをやめてしまっても、またオナニーをしたければ別の場所でオナニーをすればよいでしょう。石を投げるのをやめる理由はございません。どんどん石を投げて、で、結果的に炎上することもあるでしょう。それもよし。結局のところ、ブログの(ほぼ)すべて自慰行為なのですから、それはそれでよいのです。
・・・3日くらい前に書いた記事。
  1. 2006/10/03(火) 16:39:37|
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相手が中沢新一というだけでいかがわしさ抜群ですが・・・

お玉ばあさんがなにやら書いているけれどもあの本で太田を見直すかね、普通? ・・・いや、別にね、いいんですけどね、だって中沢新一だよ、相手が。インチキ知識人+「学問ではなく詩」のぽずともだんちっくな芸人を連れてきて、芸人が対談するなんて、憲法をネタにして、本格的に芸やってるだけなんじゃねえの? 相方が変わっただけで。
 まあ、ああいうお笑いにしかならない本が出回っていること自体がこの国の平和さを示しているようで、馬鹿馬鹿しくていい、という感じもするわけですが・・・明日も一日楽しく過ごそうかしらね。
  1. 2006/10/02(月) 22:56:01|
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もうちょっと嫌がらせ

産業政策を積極的に行うことが新自由主義だとでも言いたいんですかね?
以下、引用。

 1.国はこれからますます国民からお金を搾り取る.(その狼煙としての首相給与返上)
 2.国は新自由主義者のために頑張ることの公認.(IT産業重視とイノベーションを強調)
 3.国は国民から搾り取ったお金を新自由主義者のために放出する.(例えばイノベーション投資やネットセキュリティの整備ために支出する)

 4.国は幾多の新自由主義市場を創出する.(福祉市場,教育市場,その他.後述)
 5.国は新自由主義対応のシステム作りを行う.(民営化その他.後述)

以上。
いや、ほんと、勉強になりますwww。 [もうちょっと嫌がらせ]の続きを読む
  1. 2006/10/02(月) 22:46:01|
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つまんね

やだね、働くのは。日曜日が終わろうかというまさにその頃にいつもそう思う。働かないで、本を読んで暮らしていい、だとか、二時間働いたら後は何をしててもいい、というような環境があったら、そっちを選びたいところだけれども、そんなところはない。
ああ、明日からまた、会社に行くたびに心臓がずきりとしたり、気分が滅入ることもないのだろう。
・・・いや、単に仕事が嫌なだけなんだけれども。
  1. 2006/10/01(日) 22:09:08|
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四季折々の馬鹿

馬鹿を発見
官僚や(官僚を含む)エリートにこういう批判をする人は、官僚や(官僚を含む)エリートに多大な期待をしているだけです。
  1. 2006/10/01(日) 14:26:35|
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imaichi

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