(゚∀゚)殺伐で逝こう!!

デムパ(;´Д`)ハァハァ・・・中心的な内容。新聞記事や他のサイトから仕入れた情報でハァハァする。 (°Д°)ハァ?:けちをつける。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

体育会系的組織の脆弱な部分

コミュニケーションを密にとって、体力の限界まで暑苦しい会話をしている彼らだが、魂とか根性とかそういうものでつながって強そうに見えるにもかかわらず、その実、かく乱要因に対してはヒステリックに反応せざるを得ない脆弱さが感じられる。
 体育会系的な精神のつながりというのは微妙なバランスの上に成り立っており、一体感を醸し出すためにはいったいどのような策がとられなければいけないかというのが常に模索されているようである。インフォーマルな縦の流れというのは、うまい情報の獲得手段であり、子分が親分へ人間関係のいろいろな注意点を知らせることがその主な目的である。体育会系組織の上に立つものは、情報を知り、人間関係をコントロールしなければならない。たとえば、誰かと誰かの仲が悪くなっていそうだという情報があるならば、綻びを塞ぐための策が必要になってくる。とりあえず、飲むという選択肢のようだが。
 人のつながりなどというものは繊細で、常に維持しておけるものではない。そして、おそらく、無理に組織の一体感を出そうとしなければ問題ないはずなのだ、それでも。だが、体育会系の人間は、どうもそこらへんをごまかさなければやっていけない繊細さがあるように私は思う。その点で、私は一見強靭で仲間内でボスとして取り扱われている人間ほど、繊細で、傷つきやすい神経をもっているのではないかという気がしてならない。
 しかし私はこういう雰囲気は好きではないし(全体主義的とかそういうのが言いたいわけではなくて)一体感の中に入ることに安らぎを感じたりもしない。私の性格は頑固で、自分の意見を曲げることには痛みを感じないが、生き方を変えるつもりはない。変えようとすれば、向こうは喜ぶかもしれないが、私は不必要に疲れるだろうからそんなことはしたくない。儀礼的な部分で体育会系たることにまで異議を唱えるつもりはないが、精神論はとても嫌いで、精神論を強要されることはさらに嫌いである。私はこの生き方を貫こうと思う。干されたら・・・別のところに行くわ。
スポンサーサイト
  1. 2005/06/26(日) 10:23:07|
  2. 雑感(あるいは愚痴)|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
<<データベースサービス | ホーム | なんか本が降ってきたので>>

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://imaichi2you.blog4.fc2.com/tb.php/215-f936624d

imaichi

10 | 2017/11 | 12
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

Search

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。