(゚∀゚)殺伐で逝こう!!

デムパ(;´Д`)ハァハァ・・・中心的な内容。新聞記事や他のサイトから仕入れた情報でハァハァする。 (°Д°)ハァ?:けちをつける。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

寝言は寝てから言ってくれ

またもやここをからかっておく。一つ前のエントリーでこの人の文章を軽く笑ってみたわけだが、不条理ギャグのような文章は一つのエントリーに限られる話ではなく、ブログ全体を特徴付けるものである。ここから、ブログの著者の文章展開能力の著しい低さを透かし見るのも一興だが、まあ、もう少し付き合ってみよう。

若者の「活字離れ」が言われて久しい。本が売れなくなったとか、近代文学が終わったとか、活字をめぐるネガティブな話も最近よく耳にする。一方でブログの隆盛などにもみられるように、電子的なメディアを介在させたコミュニケーションによって「文字」を読むことが主流になりつつあるようだ。では活字出版は、このまま衰退に向かってしまうのか。

確かに活字の本が読まれなくなってきているのは事実としてあり、この事態は一時的な現象ではない。だからといって活字出版に死を宣告するのは短絡的であろう。むしろ歴史的、構造的な問題として捉えるべきである。つまり、近代において支配的メディアであった活字が、後期資本主義以降のさまざまなメディア的、技術的な変容を通してその地位が変化していく事態として考察するべきなのだ。

資本主義が「終わり」を先送りすることによって延命するシステムならば、おそらく活字出版も同じシステムによって生き延びていくであろう。グローバルな資本主義に抵抗するためには、活字出版のあり方も検討すべきである。その道筋をいかにつけることができるのかが、今問われているのだ。

電子出版がその線を引くことができるのかはまだわからない。しかしその可能性を徹底的に広げていくことが求められる。電子出版に携わる者の使命は重いというべきである。

まず
①本が売れていない
②若者が活字離れしている
③近代文学が終わった
という三つの、関連性が不明確な内容が並列している。
①は確かなことである。本は確かに売れていない。本が売れていないという事実は電通の出している統計などで確認できる。
②若者が活字離れしている、という話についてはほんとうにそうなのかじっくり検証してみる必要がある。年代層ごとに購買履歴を調べる、など。
③も、たぶん正しいのだろうけれども、ほんとうにブンガクが売れなくなったかどうかの資料を見せてもらいたいところだ。
その後の内容をみていこう。本が読まれなくなってきているという事態は確かだし、一時的なものではないから歴史的・構造的な問題ということができるかもしれない。このエントリーが取り逃がしているのはこの事態をまわりの人間が理解していないと思っているところだが、多少なりとも出版や書籍業について知っている人間にとっては常識である。得意げに語られても困る。長期的に出版が衰退していく可能性を否定できないからこそ、出版文化の死を語る人が出てくるのだ。
 その後はなんだか柄谷劣化版のような資本主義の定義?から、活字出版と資本制システムが同じだ、というような意味不明な議論が続く。そして、グローバルな資本主義への抵抗が語られるわけだが、では、出版文化・書籍業が資本制への抵抗運動をしているとでも言うのだろうか? なぜ、活字出版のあり方がグローバル資本主義へ抵抗するために検討されなければいけないのだろうか? その前に出版・書籍業を生業としている人たちの生活を心配してやれよ。
 最後には電子出版云々の話が出ているが、では、現在、電子出版は書籍市場のどれくらいの割合を占めているのか? 電子出版に大きな期待を寄せるのであれば、
①電子書籍市場がすでに大きい
②電子書籍市場が潜在的に大きい
のどちらかの可能性くらいは考慮されていてしかるべきだろう。だが、どちらも検討されている痕跡が無い。
 それに電子書籍を使ったことはあるだろうか? リアル本と比較した場合に、どこが良くてどこが悪いのか? ここまでの妄想的な仮説を全て呑んだとしても、電子出版のどの点がグローバル資本主義に抵抗する要素となるのだろう? このような疑問に対して、著者は脳内で文章を補完していて説明が不要なのかもしれないが、著者以外の人間にとっては、明白ではない。そして、随所における説明と説得力の欠如は、人を説得する目的にとっては致命的である。一般的にそのような出来損ないの文章は、妄想の産物として突き放されることだろう。いや、もしかすると、人を説得するために書かれたのではないかもしれない。この文章は書かれるべくして書かれたのではないか? この場合、文章は妄想の産物ではない。自慰行為と呼ぶのがふさわしいだろう。
スポンサーサイト
  1. 2006/01/04(水) 12:13:13|
  2. 雑感(あるいは愚痴)|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
<<消息不明 | ホーム | なんかおもしろいものみ~つけた>>

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://imaichi2you.blog4.fc2.com/tb.php/296-c41ccb93

imaichi

09 | 2017/10 | 11
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

Search

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。