(゚∀゚)殺伐で逝こう!!

デムパ(;´Д`)ハァハァ・・・中心的な内容。新聞記事や他のサイトから仕入れた情報でハァハァする。 (°Д°)ハァ?:けちをつける。

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おめでたき人

こんなところはどうなのよ?
 まず、いつもの精読から。

 政治とは無縁の場所で生活している一般人にとって、戦争はある種の天災に近いものかもしれない。いちど勃発すると否応なく巻き込まれてゆく神話的暴力―現代でも多くの人々は、戦争をそのようなものとして観念しているのではないか。

まず、政治とは無縁の場所で生活している一般人、とくる。建前上、選挙権を持っている人間が政治と無縁でいいのかと思うが、まあそれはいいだろう。
 ところが、この後、論旨は思わぬ展開に!!

しかし社会科学的観点からみれば、戦争は意識を有し理性のある人間の営みであり、そこに―国際人道法その他の法規範に照らして―違法な行為があれば、実行者や命令者、計画者の責任が厳しく問われなければならないはずである。

まず、最初の一節はさっぱり意味がない。「社会科学的観点」というのは一体何のことだ? たぶん、あまり深く考えないで、権威付けのために使っただけではないかと思われる。ここの議論を見やすくすると、
①戦争は人間のやってることだ(=決して自然現象とかじゃないんだぞ)。
②戦争中でも、やったことについては、さまざまな法規範に照らして、首謀者の責任が問われることになるんだぞ。
 けれども、この理屈だと、「戦争中でも悪いことは悪いんだぞ」と主張しているだけであり、別に特別なことを言っているわけではまったく無い。

国際刑事裁判所(ICC)が創設され、人権に関する国際法規範を真に実効性ある裁判規範に高めようと、世界は取り組みを始めている。ICC規程では、国家元首たると一般市民たるとの別を問わず、国際的人権保障に関わる重大犯罪があった場合にはひとしく訴追・処罰する体制を目指している。

「重大犯罪があれば、きびしく訴追・処罰する体制ができつつある」と言っている。ただそれだけである。頭が弱い人が読者だと都合よく勘違いされる可能性があるので、もう一度わかりやすく流れを整理しておくと、
①戦争は人間がやっていることなんだぞ。
②戦争中でも、悪いことすれば、さまざまな法規範に照らして、首謀者の責任が問われることになるんだぞ。
③厳しく責任を問える体制ができつつあるぞ~
ということだ。つまり、ここまでの文章は、戦争自体の有責性に一切触れていない。

そこにおいて戦争は「いつの世にも止むを得ない」神話的運命などではなく、国家指導者や軍人などの個々人による有責な行為と考えられているのである。したがって国家元首であっても、法に背く行為があれば裁きを受けなければならない。

一文目はどのように解釈すればいいのかわからない。戦争が個々人による有責な行為として考えられ、法にそむく行為があれば捌きを受けなければならないとしても、戦争事態が有責性をもつかどうかについては一切触れられていない。法に背く行為を取り締まる仕組みが、戦争を防ぐための仕組みであるといわれているわけでもない。上の記述を読んでも、戦争だからといって何をしてもいいというわけではない、ということがわかるだけだ。そして、戦争における犯罪を厳しく問うことと、戦争自体が避けられないものであるかいなかはまったく別問題である。なんとこのエントリーは関係の無いことを、関連付けないまま、ごちゃまぜにして論じているのである。もしも、国際司法裁判所が戦争自体を厳しく批判しているのなら、そっちをちゃんと書くべきでしょうに。
 脱神話でもなんでも勝手にやってくれればいいが、自分と同じ感情的高ぶりを共有していない人にも理解してもらえるような文章を書けよ、と私は思うわけである。こんな理屈にもならない理屈を見せられたってね・・・マスターベーションを見たいわけじゃないんだし。

  / ∧∧ ヽ    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  | ( ゚Д゚) |  < 逝ってよし!!
  | |つ¶つ¶|   \_____
  (二二二二)
  .| ◎  ◎|
  ヽ____/
     ||
     ||          ____
    ゚.・∴ー=≡三.∴・.゚| アボーン >
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  1. 2006/02/03(金) 22:37:36|
  2. 雑感(あるいは愚痴)|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:5
<<なんかぬるいコメントが付いていたのだが・・・。 | ホーム | やっと仕事が終わったよ。>>

コメント

ん~・・・社会学的観点から見ればってのは、一応戦争を社会システムの中でおきているものとしてとらえますよ
ってことを言いたかったんですかね?

権威付けのためだけってことは無いような・・・まぁ実質的な意味があるかっていわれるとちょっと困ってしまいますが

ちなみに、殺伐氏の批判が的確すぎて私からは何も申し上げることはありません(笑)

ってか、こういう自分の主張をブログに載せている人ってどうしてこういった言い回しが好きなんですかね??

砕けた文章で話した方が説得しやすい(共感されやすい)と思うのだけれども


以下、砕けた文章でのBig Brother氏の主張

投票とか行かない人たちにとったら戦争っていつ起こるかもわからないし、なんで起こるかもわからない地震みたいなものかもしれないですね。
しかも一回起こっちゃうと周りを巻き込んでどんどん被害が大きくなっていっちゃう点では地震よりもたちが悪い。
わけのわからない被害のでかいたちの悪い現象、そんな風に戦争を考えてるんじゃないでしょうか?

でも、学問的にみたら戦争だって地震より理屈のちゃんとわかってるもので、違法な行為があれば責任取るべき人に責任が発生するべきなんです。
国際刑事裁判所って組織も創られて、人権に関する国同士の約束事をちゃんと守らせようって世界は取り組みを始めてるんです。
国際刑事裁判所の規定じゃ大統領でもサラリーマンでも誰でも国際的に人権を侵害するようなことをしちゃった人は誰でも同じように罰を与えることを目指してるんです。
そこじゃあ戦争って言うのは「どうしようもない」ものなんかじゃなくて、国家の指導者とか軍人とかの戦争はじめた責任のある人の罪だって考えられてるんです。
だから、国の一番偉い人でも法に従わないことをしちゃうと罰が与えられるんです。

結局、戦争はどうしようもないものだって考え方は誰にも責任が無いんだって考え方につながっちゃって、責任取るべき人がとらない、それに犠牲者にはただ犠牲を強いるものでしかないんです。
そんなことにならないように、戦争はどうしようもないものだって考え方はやめて、ちゃんと戦争を始めた人に責任をとらせるっていうことが、今の世の中必要なんじゃないですか??



・・・・・・・・・うん、なかなか砕けている。
ちなみに、内容はいじってないはず・・・です。
したがって、ここまで噛み砕いても何かしっくり来ないということは基本的に論述の中に何か問題があるんでしょうね~
砕けた文章書いてて気づいたのは、国家権力と国家の主導者が混同されていること。
これは分けるべきなんじゃないかな?結論は同じになるとしても・・・
それとやはり殺伐氏の指摘どおり、戦争が有責性を持つのかについて触れていないため、人権を侵害したら個人に責任が発生するということを言っているだけに見えてしまいます。
たぶん書いた方はそういうことを言いたかったんじゃないと思うので、その辺を修正してみるといいかもしれませんね。

って私は自分もちゃんとした論述できないのに偉そうなこと言ってますね(笑)
まぁ他人のアラはよく見えるってことで許してください・・・
  1. 2006/02/04(土) 01:48:14 |
  2. URL |
  3. 破軍星 #mbwhQQ6o
  4. [ 編集]

しっくりこなかったり、よくわからなかったりするのは、あなた方の常識と、国際法上一般に認知されていることが違うから。

国際法上、国際社会には、善もなければ悪もない、というのがこれまでの常識だった。国家(&個人)を強行的に律する法律はない。法律を作るのは国家であって、その上位機関がないからだ。
「戦争中でも悪いことは悪いんだぞ」という「特別なことを言っているわけではまったく無い。」はずの主張が、特別なことになってしまうのが、国際社会だ。
違法がなければ戦争の有責もまた当然問われない。悪くないことに「責任」はないから。
有責を問う前に、違法が問われなければならない。そのためには、法がなければならない。
以上を前提に、Big Brother氏の主張を翻案。

法律は人間を相手に作られた規範であるから、もしも戦争が天災であれば、それは法適用の対象にならない。
しかし、戦争は天災ではなく、人間のやったことである。だから法律の適用の対象になる。
国家間の戦争を対象とする強行法規なんて具体的にあるのだろうか。
刑法というのは国内を規律する国内法にすぎないからこれに入らない。国内法の刑法に相当する「強行法規」は、今まで国際法上ほとんど無いとされてきた。つまり、国際社会は無法地帯、というのがこれまでの常識だった。
しかし、この常識を覆すべく、現在強行法規の制定が進んでいる。国際人道法その他の法規範がそれだ。
また、法違反といってもそれが絵に描いた餅にならないように、適正手続にのって刑罰を科する機関がなくてはならないが、国際刑事裁判所(ICC)にその役割が期待される。
今までは、強行法規&その実現方法が無いがゆえに、戦争は天災のようなものだと考えられてきたが、その考えは、一部の国家指導者に権力の濫用を許す結果を導いたのではないか。強行法規&その実現方法が形成され、武力による紛争解決から法適用による紛争解決に変えていくことが、現代の国際平和への道ではないか。

内容的には、国際法を一通り知っている人なら、ふつーにやる主張。
  1. 2006/02/04(土) 12:23:38 |
  2. URL |
  3. 白片吟K氏 #/2CD/BNk
  4. [ 編集]

ちょっと語弊のある書き方をしてしまいました

 たしかに国家の無いところが自然状態で、というのが基本的な認識だったのだから、おっしゃるとおり「特別なことを言っているわけでは全く無い」は勇み足だ。それに、あなたのようにすっきり翻案すれば、からかいがいもないし。
 でもね、その論理でも、 
①戦争の中の行為をルールを作って捌けるようにしたこと

②戦争という事態が避けられる
ことはつながらないよ。規則をつくっても、それを守らないインセンティヴのほうが多ければそんな規則はなし崩しになるんだろうし。というわけで、私はあなたの翻案でも賛成しない。費用便益分析しないと戦争の有害さなんて言えないと思うのよ。
  1. 2006/02/04(土) 20:35:04 |
  2. URL |
  3. 管理人 #-
  4. [ 編集]

それに

すべての戦争が、一部の者による権利の濫用によって起こされた、という主張に賛成しませんし。
  1. 2006/02/04(土) 20:42:57 |
  2. URL |
  3. 管理人 #-
  4. [ 編集]

>国家の無いところが自然状態で、というのが基本的な認識だった

違う。国家が並存していて「国家の上位機関がない」のが国際社会の自然状態。

>規則をつくっても、それを守らないインセンティヴのほうが多ければそんな規則はなし崩しになるんだろうし。

規則を守るインセンティブの方を高くするためのICCだ。それが「絵に描いた餅にならないように」という意味だ。

「すべての戦争が、」一部の者による権利の濫用によって起こされたなどとどこにも書いていない。権力の濫用の場合もあるし、そうでない場合もあるだろう。
ただ、権力の濫用の場合だけでも法により抑制されれば、何も抑制されないよりもましだろう。

国際平和というのは、目的であって、手段ではない。「戦争がゼロになった世界のほうが維持コストが大き」かったとしても、それが目的なのだから、当然戦争のない状態を目指すべきなのだ。
  1. 2006/02/04(土) 21:29:50 |
  2. URL |
  3. 白片吟K氏 #/2CD/BNk
  4. [ 編集]

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