(゚∀゚)殺伐で逝こう!!

デムパ(;´Д`)ハァハァ・・・中心的な内容。新聞記事や他のサイトから仕入れた情報でハァハァする。 (°Д°)ハァ?:けちをつける。

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基地外のkomichiがFC2ブログに移行していた!!

komichiといえば、知る人ぞ知るヴァカで有名ですが、どうでもいい存在なのでからかう必要もございません。しかし、私の機嫌が悪いのでからかうことにします。
この記事をからかおうかと思いますが、別にこの記事を選んだのには特段の理由はなく、バカが書いたものなんだからバカな内容に違いないという程度のことです。

 アメリカ型資本主義、新自由主義への幻想が振りまかれたのは、まさにそんな時であった。「これからは実力主義の時代だ。偏差値や学歴に関係なく……(以下略)」と、声高に喧伝された時、今度はそれまでバブル経済の恩恵を受けなかった層……すなわち、一般の勤労者・サラリーマンや学生・若者たちの一部がそれに飛びついた。その時の心境はおそらく以下のようなものだったのではないか?
「ほうら見ろ! あんな奴らだけがいい思いをして、俺(私)がくすぶっている時代はやはり間違いだったんだ。これからは、俺(私)にも、飛躍のチャンスがくる!」
 要するに、勝手に「自分も勝ち組になって、世の注目を浴び、いい思いができるようになる(かもしれない)」と、多くの人たち(特に若者たち)が幻想を抱いてしまった……というか、幻想を抱かされてしまったのだ。実際、バブルの恩恵からあぶれた人々や、まだ自分の可能性を信じられる若者たちにとって、その幻想は素晴らしく魅力的なものだった。アメリカ型資本主義、新自由主義への幻想を喧伝する人たちも、アメリカの資本主義がいかに自由かつ公正で素晴らしいものかを説き、日本の経済・社会を批判する時も、「アメリカではどうか」というのを基準に持ち出した。

そんな単純な話だったんですかね? そういう単純なお話に乗せられるのはいつも一部のバカだけで、たとえばkomichiさんのような人たちだけが信じていたんじゃないでしょうか? また、バブルのときに、一般人が恩恵を受けなかったというのも本当の話なんですかね? 景気全体が上向きなんだから、そんなこともないでしょ。

もっとも最近では、かつて言われてきたほど、アメリカの資本主義が「自由」でも「公正」でもないことが、エコノミストの森永卓郎氏などの識者によって、次第にわかってきている。

森永卓郎に指摘されずとも、アメリカがものすごい学歴社会であったことくらい「当たり前」だと思うんですがね。むしろ、学歴社会が日本特有の事態だと勘違いしていたバカが日本にたくさんいたという程度のことだと思います。ハイ。

また、アメリカの社会では、新入社員の段階から出身校で差が付けられ、一般大学の卒業者と「アイビー・リーグ」と呼ばれる名門私立大学出身者とでは、初任給だけでなく、その後の出世でも差をつけられるということも、今では次第に多くの人に知られ始めている。

日本でも同じようなことがあったんじゃないでしょうか。高学歴の人間に高い処遇をするのは全然変な事態ではないように思えますが。

さらに、エンロン社の不正会計事件や、今年起こった大型台風カトリーナの災害など、アメリカ社会の矛盾を暴き出すような事件も起こってきている。

この二つの事象を並列に論じるセンスには疑問を感じます。ハイ。

それでも当初は、アメリカ資本主義の良い点や幻想が声高に宣伝されていたのに対して、アメリカ資本主義の不平等・不公正などの矛盾点を指摘する声は少数派だった。そういうこともあって、幻想が広がっていくのを止めることは、なかなかできなかった。
 今から思えば、あの時もう既に始まっていたのだろう。多くの国民(特に若年層)に、「新自由主義的(小泉的)なるもの」を受け入れさせるための、準備(世論誘導)が。我々日本人は、それに見事にはめられてしまったのか……。

まず、私が思うのは、アメリカへの幻想は単に幻想だったのかということ。アメリカのシステムにもアメリカのシステムなりの問題があったということと、アメリカのシステムが当時の日本のシステムにとって模範となるものを含んでいたということは別に矛盾しません。もしアメリカのやり方には優れていた部分があるのなら、それを日本が真似することは不思議なことではありません。そして、アメリカのやりかたには優れた部分があったことは、私は事実だと思っています。アメリカのやることが何が何でも正しいと吹聴していた基地外は確かに基地外だったのでしょうが、そういう基地外の言うことを完全に真に受けていた人はどれくらいいたのでしょうか? そういう基地外の言うことを真に受けたのは、komichi様のような基地外だけだったのではないでしょうか?
 まあ、とりあえず、印象論がだらだらと続くくだらない内容ですが、その後でkomichiさんは珍妙なことを言い出します。

 ただ……一方で私は思うのだ。
 実は、最初から……あるいは、もっと早い時期から、実は新自由主義を礼賛・推進する者たちの矛盾に気づくことができたのではないか、と。
 確かに、新自由主義やアメリカ型資本主義を礼賛する声の方が多数派だったことは事実だ。しかし少数派ながらも、早い時期からその矛盾と危うさを指摘する識者もいたし、それを伝えるメディアもあったことはあった。
 また、「アメリカでは貧富の差が激しく、百万長者の影には、多くの貧困層がいる」ということも知られていた。そこから「おや? これはおかしいんじゃないか?」と、疑問に思うことができた。
 さらに、先の例に挙げた落合信彦など、アメリカ資本主義を礼賛した人たちがやらかした決定的な論理矛盾がある。それは……「Winner takes all(一人勝ちの時代)!」という一方で「努力しただけ報われる!」と説く矛盾!
 読者の皆さんにも、ちと考えてもらいたい。この2つは論理的に相矛盾する。
 そう……。わかりやすい例を上げて言うと、「努力しただけ報われる」というのなら、努力した人100人が全員報われなければならない。しかしそれだと、「Winner takes all(一人勝ちの時代)!」が成り立たなくなってしまうではないか。このような矛盾することを、同じ人物が口にするとは!

その字面だけとらえれば矛盾に見えますが、当時言われていたことというのはほんとうにそんな内容ですか? 努力すればしただけ報われる、なんていう結果平等的な言い分が人気だったのですか? 違うと思うんですけど。落合信彦のような基地外ならそんなことを言っていたかもしれませんが、多くの人の共有認識というのは違うと思います。
「どんな人でも能力さえあれば勝つことができる機会が与えられている」
ということだったんじゃないですか? 努力すれば全員成功できる、というのと、どんな人にでも努力すれば成功する可能性がある、というのは全然内容が違います。そして、アングロサクソン流の資本主義を信奉していた人たちが想定していたのは後者だったはずであり、後者なら、努力した結果敗者が出たとしてもなんら矛盾をきたしません。残念でした。
 ・・・というわけで、かなりkomichiさんの分析には納得しかねる点が多いんですね。頭の中整理できてますか? まあ、あなたのようなバカがバカをやっても世の中変わりません。
どう見てもオナニーです。
ほんとうにありがとうございました。
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  1. 2006/11/02(木) 01:42:24|
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