(゚∀゚)殺伐で逝こう!!

デムパ(;´Д`)ハァハァ・・・中心的な内容。新聞記事や他のサイトから仕入れた情報でハァハァする。 (°Д°)ハァ?:けちをつける。

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「思想」ないし「思想のようなもの」

 ブログのなかには、たまに現代思想とは限られなくとも思想系のことばでつづられた日記がある。日記と書いたのは、しょせんそんなところに書かれているものが日記以上のなにものでもないからで、悪く言えば、たいした内容が書かれていないということである。
 こうしたブログのまずいところは、思想系の言葉で現実に相対そうという欲望がまるだしのところにあり、竹槍で戦闘機を墜落させようとするかのごとき無謀にある。
「思想」系のことばというのものを厳密にどのように定義するかはさておいて、ここでの使われ方を大雑把にあらわしておくと、「思想」系の議論というのは、核心部は「イデオロギーにかかわる議論」であり、技術的にはたいへん荒っぽい「現実の抽象化とそこで析出される直感的なことばによる現状分析」によって行われる代物とでも把握しておいてもらいたい。
 さらっと言い換えると、好き嫌いの話をなんとなく当たっているかなぁという小難しげな言葉遣いで行う・・・ぐらいだろうか。このやりかたで行われる考察のだいたいが、実証的な調査に基づいて行われるわけでもなく、勘と経験からの派手な一般化によって行われることが多いと言わざるを得ない。小難しげな思想的衣装に見慣れてしまえば、一枚一枚ヴェールを剥ぎ取り、議論の核心部にたどりつくことができる。・・・「ブッシュ嫌い」だとか。
 もちろん、そういう議論をする人たちにしてもブッシュが嫌いなことには何かしらの理由があり、テレビを見て嫌いになった、だとか、政策をなんとなく見知って嫌いになっただとかいうくらいの理由ならあるのだろう。けれども、この素朴な嫌悪感に思想的なヴェールをまとわせる際に好き嫌いの発生してきた出自がろ過されてしまい、結果として、毒にも薬にもならないような実感だけが残ることとなる。その嗜好にいきつくまでに経た平凡な経験が捨象されることによって愚にもつかないような「好きだの嫌いだの」という趣味のお話が残るのである。思想系のお談義というのは、趣味をなんとなく高尚に見せかけるのに大きな役割を果たす・・・つまり、好き嫌いの地平からなにひとつとして前に進めていないのに何か考えた気にさせるということである。ところが「現実に」(それほどこのことばを強い意味では使っていないよ)思想系ド三流ブロガーがやっている調査といえば、せいぜいテレビを見るだとか、オピニオン雑誌を読むだとかいうことぐらいであり、悪く言えば最初から「考えられた」ものを素材にしている場合が多い。
 もちろん、オピニオン雑誌などからアイデアを得てくることは悪くはない。毎日毎日金はあるか別にして平穏無事に生きているだけのひとたちにとって、世の中のさまざまな問題を的確に判断するだけの情報を集めることは容易ではない。金も労力もかかるからだ。金も権力もないブロガーにとって、それはほぼ不可能である。そしておそらく一介の大学教授にも不可能なことに違いない。だとすると、広範な話題をカヴァーしようとすると、大概は、ものすごくおっざっぱな抽象化の陥穽にはまるということになるわけだ。実際には、現にあろう問題に取り組むのではなく、メディアイメージに対しているだけにもかかわらず、媒体が介しないかのように主題と格闘してみせること・・・本来は言説分析以上には出られない圏域から物を考えたふりをするので、具体的なスケールの検討(実際の問題はどこにあり、誰がかかわっており、どうすれば解決できるのか・・・はたまた解決にはいくらかかるのかなどなど)はまったくといっていいほどできない。ために思想系の文章は、一枚一枚特殊な用語を剥ぎ取っていく作業さえしてしまえば、結果、頭の悪そうな人の頭の悪そうな直観に頼った頭の悪そうな好き嫌いの話しか残らないということになりかねない。思想系の文章は、慣れるまでには「これってけっこう高尚なことが書かれているのかな」と幻惑されることもあるだろう。だが、一度、その語彙とパターンになれてしまえばなんということはない。アホでも書ける。
 もちろん、思想のことばを使っているからといってどれもこれもが無意味な駄文であると切り捨てられるわけではない。ここに書いてあることはあくまでも一般的な傾向に過ぎない。しかし、調査能力もたいした見識もない人間が二次資料からつくりあげたイメージなどほとんど無価値でどうしようもないというのは紛れもない事実であり、結局のところその事例からわかることは、人間、対処できる範囲のことに対処しておくのがまあ一番であり、それ以上に手を伸ばすととたんに無能さを曝け出すのがオチだということである。まあ、そういう文章をお書きになられる人々というのは、どうせ世の中にたいした影響力を持つわけでもなく、頭の中はともかく三次元では無害な人々でいらっしゃるでしょうから、好きなことを好きなように考えて、ゴミを垂れ流してくださっても全然かまわないのだが。
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  1. 2005/03/05(土) 08:08:59|
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